No.12 地域 大和町
店名 大津屋

せっかちな町民の胃袋を満たして50年。
大和町のおふくろの味、ここにあり。

柳川市の南端にある小さな港町、大和町中島。商店街で開かれる朝市は、この町の日常風景として江戸時代からの歴史があり、ワラスボやワケノシンノスなど、奇っ怪な有明海の幸が店先に並ぶ。有明海の海苔もまた、大和町中島の名産品。当然、住民には海苔漁師さんが多いわけで、最盛期である11月から3月までは、町全体が大繁忙期となる。 「昼ごはんを作る暇やらなかけんねえ!」と、いうことで、せっかちな海苔業を営む町民の胃袋をがっつりと支えているのがここ「大津屋」だ。創業50年。現大将の大津政行さんのご両親の代から始まった「大津屋」の味は、今や町のみなさんの“おふくろの味”になっている。

取材/絶メシ調査隊 ライター/西村里美

お客のリクエストが店をつくる
みんなの要望で増え続けた食堂めし

家と畑とクリークが流れるのどかな住宅地に「大津屋」はある。すれ違う人の98%が地元住民。そんなローカルの中のローカルな場所で50年ずっとここで店を続けてきておられるとは、なにか理由があるに違いがない。「中華そば」と書かれた真っ赤なのれんをくぐって、こんにちは〜! 今日はよろしくお願いします。

いらっしゃーい! と笑顔で迎えてくれた大将・大津政行さん。親しみやすさが半端ない。

さっそくメニューを拝見すると、筆頭には「ラーメン」の文字。「中華そば」はありますか? と大将に聞けば、「ああ、のれんの文字ね。創業当初、この店は中華そばしか出しよらんやったけんね」とのこと。それが次第に「うどんば食べたかー」「定食もやらんね!」「餃子はないと?」と町の人々に次々とリクエストされ、今は、50種類以上が連なるメニューに落ち着いたそう。

ライター西村

メニューいろいろありますねー! 大将が特におすすめしたいメニューはありますか?

大津さん

みんなそれぞれ好きな味があるけん、どれっちゅうのはないよね。ウチは、みんなが7〜8割の人が「おいしかね」って言ってくれる味をつくろうと思ってるんよ。

ライター西村

7〜8割がおいしいと思う料理。それってすごいことじゃないですか! 野球だったら、7〜8割ヒットが打てるってことですよね。

大津さん

まあそうやね。漁師ん町やけん、味はちょっと濃かとよ。他んとこよりはちょっとしょっぱいかもしれん。

「大津屋」はとにかく出前が多い。潮の満ち引きの関係で、海苔漁師のランチタイムは限られている。自炊の時間も外出して昼ごはんを食べるヒマもないほどに稼業に追われる。同じ時間に出前の注文が殺到することは日常茶番事だ。一番忙しい昼時は、大将のお母さん、奥さん、妹さんの女性陣が厨房でフル稼働。大将は軽トラックにおかもちを満載して、配達に徹している。

大津さん

出前は2〜3軒まとめて行くんよ。常連の海苔漁師は作業場にいる人の数も多いけん、1軒で10個くらい注文がくることもあるね。

ライター西村

ということは、1度に20皿とか30皿とか運ぶこともあるんですね? 人数が多い時は、例えば「全員、ちゃんぽんで」とか、注文をそろえてくれるのかな?

大津さん

それはないない〜(笑)。お客さんも、自分たちが食べたいものを頼むし、私たちも食べたいものを食べてほしいけんね。だから、とにかく調理するのが早くなったね。手伝ってくれる奥さんとか母もさめんうちに出前できるようにて、どんどん作ってくれるよ。

ライター西村

そうなんですね。

大津さん

海苔の人はみんなせっかちやけんね。注文受けて5分ぐらいしたら、「まだ(出前は)こんとね?」て電話がかかってくるんよ。とにかく早く出すようにせんとね。急かされるけんね。

大津屋の重要なデータベースがこの「さらとり帳面」。出前先から回収する皿の枚数を一覧化した早見表(?)だ。中には「こや(海苔小屋)」など暗号のような配達先も。政行さんにしか読み解くことができないらしい。

出前先で家の食器類にまぎれないよう、皿には店名と電話番号入り。スプーンの柄の部分にも「大津屋」の文字が。大将自ら手彫りしたそう!

積み上げられた年季の入ったおかもち。出前の多さを物語る。

この町の“おふくろの味”

50種類以上もあるメニューの中から迷いに迷い、焼き飯をチョイス。厨房へお邪魔すると、複数のコンロがL字型に並んでいた。どうやら、ご飯もの、炒めもの、ラーメンを茹でるコンロと、きっちり区画割りがされているようだ。これなら大忙しの昼時も最高のパフォーマンスを発揮できそう。

「焼き飯から作ろうかね〜」と大将はご飯ものコーナーへ。右側のコンロは炒めものと麺類。

出来上がったのは、ファンタジックなカラーリングの焼き飯。ものの1分で出来上がった。

焼き飯の具は、ピンクのかまぼこ、オレンジの人参、黄色い卵と暖色系でまとめて、最後にグリーンピース。福神漬があるとビジュアルも味も引き締まる。

ライター西村

そうそう、このしっとりタイプの焼き飯、大好きなんですよ。食堂らしいというか。シンプルで安定感のある味ですね。味付けは塩コショウだけですか?

大津さん

いや、コショウは入れてないんよ。塩と、味の素をちょろっとね。味の好みは好き好きやけんね。

ライター西村

コショウは卓上のをお好みで、というスタイルですね。

大津さん

いきなりウスターソースをドバーッと回しかける常連さんもおるよ。

with ウスターソース、やってみた。酸味とコクが加わって、意外と味は濃くならないという不思議。あり中のありです。

定食ものも食べたいな。ということで、肉いため定食を注文。と、こちらも1分ほどで完成。ほんとうに手際が良すぎますよ、大将!! 「だって早ようせんと間に合わんもん。ほんとこの店の出前で鍛えられたね〜」とにっこり。

煙があがるほどの強火で炒めているためか、驚くほど香ばしい肉いため。

ライター西村

肉いための豚肉、香ばしくてうまい! 炭火焼きしたみたいにいい香り。お肉の品種とか部位とか、こりゃあいいお肉使ってますよね?

大津さん

いやいや。
昔から付き合いのある中島の商店街の肉屋さんに「豚、持ってきてー」「牛、よろしくー」と注文しよるだけよ。

ライター西村

えーっ、そんなゆるめのオーダーでこのお肉が届けてもらえるんですね。大将、どんだけ強いコネクション持っているんですか〜!

日々、出前でてんてこ舞いの大将。海苔が終われば、次はアスパラやトマトの農家さんの繁忙期。春から夏にかけては農家さんからの出前がぐっと増えるそうだ。つまり1年中、何かしらの理由で出前が忙しい。だが大将は「ありがたいね」とにっこにこ。

美味しすぎて、「大将、この豚、いつの間に炭火焼きにしました?」と疑る。

親御さんが農繁期の時や夏休みは、子どもたちの出前も多い。「大津屋さんから育ててもらいました〜なんて、言ってくれる子もおるよ。帰省した時には、久しぶりに食べに来てくれるしね」。そんなエピソードからもここ「大津屋」が長年、この町の空腹を満たしてきたことを想像できる。みんなの“おふくろの味”になっている食堂があるって、なんだか幸せな町だなあ。

手作りの味噌に、高菜の漬物
野菜も自家菜園で育てていた!

しつこくおいしさの理由を聞いても「普通においしいて思えるものを、つくっとるだけやし〜」と言い続けていた大将だったが、ここで驚くべき事実が発覚する。ほんわり優しい味の味噌汁の味噌は、なんと大将の手作りだったのだ。

大津さん

味噌は自家製。毎年200キロぐらい仕込みよる。合わせ味噌やね。高菜漬けも自分で漬けとるけん。

ライター西村

それは特ダネです! 早く言ってください。自家製味噌で食堂の味噌汁と豚汁をまかなうお店、そうそうないですよ。大将の当たり前のレベル、高すぎます。

大津さん

焼き飯や味噌汁に入っている人参も、自分で作りよるしね。ネギや玉ねぎ、餃子のニラもウチの畑のよ。昔は米も作りよった。

ライター西村

え! 食堂でお忙しいのに野菜も育てて、すごい。もっと自家製野菜アピールしてほしいです。

定食は豚汁付き。大将が仕込む合わせ味噌200キロが使われている。常連さんも喜ぶはずだ。

こちらも自家製の高菜漬け。取材後にはおみやげとして持たせてくれた。塩抜きして、油炒めにして、卵と焼き飯にして食べましたよ。ありがとう、大将!

大津さん

野菜は買ったら高いけん、育てよるだけ。畑にまく堆肥も、店で出た野菜くずで作っているよ。あと、ラーメンのスープをとった後の豚骨も、肥料になるから畑に戻してる。

ライター西村

まさか食堂の裏でエコヴィレッジみたいな暮らしが!

大津さん

豚骨はね、乾かした後に、軽トラで轢いて、細かくして畑に戻すと。

ライター西村

わざわざ軽トラで! ワイルド。

幸子さん、愛犬ココちゃんと一緒に、店に隣接する畑に向かう。ああ、いい時間だ。

ネギ畑の前でダンディにポーズを決める大将。「何年前に植えたネギかわからん!」

家族で力をあわせて営業を続ける「大津屋」
みんなから「これからもよろしく」の声

政行さんが3歳の時、ご両親が「大津屋」を創業した。社会人になって、サラリーマン生活や料亭で修行した後、「大津屋」の一員となった大将。現在、お父さんは現場から引退され、お昼時はお母さん、奥さん、妹さんと厨房を切り盛りしているのは前述のとおり。その時によって調理場に立つメンバーは違えど、家族全員、同じ味を提供できるように、足並みはしっかりそろえている。最近はお兄さんも、時間がある時は出前配達を手伝ってくれているそう。

ライター西村

家族がひとつのチームみたいに「大津屋」を切り盛りしているんですね。

大津さん

そうね。「これからも家族で頑張って続けてね!」とみなさん言ってくれますが、いつまで続けられるとやら。何があるか分からんもんね。息子は会社勤めやけん、そっちの仕事を頑張ってほしいしね。

ライター西村

大将がそうは言っても、海苔漁師さんや農家さんが許してくれないんじゃないですか?

大津さん

このあいだも常連さんに「俺もまだ10年は働くけん、大津屋さんもよろしくね!」って言われたしね。まあ、ぼちぼち頑張りますよ。

僕の代で終わり。そうさらりと話す大津さんだが、見せてくれた「さらとり帳面」には、回収すべきお皿の枚数がぎっしりかかれている。「大津屋」のことは、まだまだこの町の腹ペコたちが、放っておくわけがない。
ああお腹いっぱい。次、来た時は、何を食べようかな。

左は妻の幸子さん。厨房では、夫婦のコンピプレーが展開されていた。

オムライスを巻きながら、おどけてくれるキュートな幸子さん。

絶メシ調査隊の胃袋に消えていった、オムライス、皿うどん(醤油味)、ラーメン。

No.12 No.12
地域: 大和町
店名: 大津屋
ジャンル: 定食
お問合わせ:
0944-76-0235
営業時間:
11:00〜19:30くらいにラストオーダー
定休日:
ほぼ水曜日
住所: 福岡県柳川市大和町中島404
アクセス方法: 西鉄中島駅から約1.3km(徒步約17分)

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